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ドストエフスキー「罪と罰」



罪と罰〈上〉 (新潮文庫)

ドストエフスキーの「罪と罰」を読了。
以前から持っていた本なのだけれど、重たい内容なので途中で放置してしまっていた。全体的に陰気で暗いトーンが最後まで続くので、読んでいて気が滅入るのだが、人物像や心理描写など惹きつけられるものがある。遠い国の古い時代のお話だけれども、人間を細かく描いているだけに、普遍的な要素が大きい。

主人公ラスコリーニコフは非凡人と自分を認識し、傲慢かつ陰気で、頭の切れる人間だが、結局のところ「無為の人間」であり、その苦しい環境と自己認識を変えるために、名目をつけて行動(殺人を犯すこと)してしまうが、罪の意識の重荷に耐えられず不幸の道を歩むことになる。あまりにも不幸な境遇だが天使のような心を持つ娼婦ソーニャと、貧乏ながらも完璧ともいえるラスコリーニコフの妹ドーチャという、二人の自己犠牲的精神を持った女性達が結局はこの物語の核心をなすのだろう。彼女たちがいなければ主人公は罪の意識にさいなまれずに、そのまま成し遂げた(逃げおおせた)かもしれない。

ドーチャを追い回す悪徳の権化のような人物が二人でてくる。
片方は金持ちだが意地悪い小役人で、金で貧乏なドーチャ家族を支配しようとし、婚約までしていたが、その性格の悪さとケチさがたたって、ラスコリーニコフと衝突し(その下劣さを見抜かれ)、結局はそのプライドの高さから、ドーチャまで怒らせて、結婚を断られる。ソーニャに盗人の罪をきせて、ラスコリーニコフを貶めようとするが、それもバレて、完全にドーチャと結婚する夢は絶たれてしまう。

もう片方は若いころから放蕩し放題で、愛人を作り放題、全てを捧げて助けてくれた金づるの妻が死んだ(殺した?)と思ったら、すぐにその大金を力に、16の娘と結婚を結ぶような一般的にはあまりにも自由奔放で、快楽を得続けている、幸福に見える人間だが、本当に欲しいドーチャだけは金や計略を弄するも手に入れることができず、拳銃自殺を遂げてしまう。

基本的に不条理な展開が多いが、さすがにドストエフスキーも真の悪人達(だが社会的には成功している)の思い通りに何でもさせたくはなかったのだろうか。彼自身も「罪と罰」を書いたときは追い詰められた環境だったようだから、とても書けなかったのかもしれない。とにかく狂人のような人間がいっぱいでてくるので、自分が中高ぐらいのときに読んでいれば、まず悪影響を受けただろう。当時読まなくて良かったと思う。罰を受けるラスコリーニコフは無神論者であり、基本的にはトルストイ同様、宗教的な救いの価値を示唆しているのだろうが、ソーニャの境遇から考えると、宗教が人を救っているのかどうかはわからない。ただ、死を免れているだけ、生きるための支えとなっているだけとも捉えられる。


話は変わるが、自分は水族館が好きで、観光地など訪れる先にあればよく行く。魚が群れをなして、ゆったりと同じような動きをしているのを見ていると、あそこに同類に対する好悪の感情などはないのだろうかとか思ってしまう。食べて、生き延びて、同類(種族)として、みんな繁栄していく。それが基本的には生物の目的だろう。

しかし、人間には性格以外にも、外見・ファッションレベルで好悪が発生し、同類同士で憎みあい、殺しあったりしている。組織を作っては上下関係・支配関係を作ってしまう。客観的な上下関係がなくても、主観的あるいは意図的な主従関係が発生してしまう。大きな脳があるから悪いのか、何が原罪なのか不明だが、いさかいが生まれるのは、子孫を生む側の女性が好き・嫌いの判断をでき、その判断の影響力が大きいこと、一夫一妻による結婚という制度、「カネ」というモノが人間の評価と生存にあまりにも大きな影響を持つこと、国家という境界が発生していることなど、それぞれ要因の一つだろう。


私がオーケストラをやって良かった理由の一つとして、「言葉ではないところで、何か他人と繋がりを感じられる瞬間がある」ということかもしれない。それは性別や老若、上手い下手、好き嫌いを超えたとこに、何か一瞬、無意識に生物として一体化しているような感覚だ。勿論、それは相手もそうとは限らないから、自己満足的錯覚でしかない。合奏以外のところでは人間の集まりだからドロドロしている面はあるし、一人ひとり音楽の好みも何もかも違うから「合うわけがない」。ひとたび合奏から離れれば、赤の他人だから、関係は至極冷たいものだ。

だが、オーケストラで合奏している人間達は、何か生物として根本的に重要な体験をしているのだとは思う。オーケストラをやっているような人間は基本的に内気だし、暴力が苦手だから、平和主義者的な人間が多い。世界中の作曲家の演奏をするから、コスモポリタン的にもなる。しかし、そうなるのは、体面・体裁的なもの以上に、やはり自身の体験に根差す何かがあるのではないだろうか。

人間の生活はどんどん便利になってはいるものの、経済的格差は拡大し、世界の人口は増え続けている。人間の行き着く先がどうなるのか、非常に興味深い。お互い自らが生み出した最先端テクノロジーを使い、殺しあって滅びるのだろうか。ドストエフスキーの「罪と罰」は一つのメッセージではないだろうか。人から憎まれ、社会的にも価値があまりないと思われる一人の金貸し老婆を殺害した人間は、結局罪の意識からは逃れられなかった、そしてそういう人間を救えるのも、また同類である人間という話だ。




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音楽が主な趣味で、楽器はチェロとピアノを弾きます。チェロはオーケストラなどでエキストラ(賛助)としてよく弾いてます。チェロは不定期ですが指導も。他に登山(百名山登山)・美術館巡り・スパ温泉巡り・ヨガ・合唱などが近年のマイブーム。いろいろ手広くやってる自由人です。

基本は株式投資・為替(FX)などですが、最近は暗号通貨(仮想通貨)トレードにはまっています。仮想通貨は、正直、現状の機能ではさほどメリットもないと個人的に思ってますが、今後、法定通貨による既存の金融システムを打破し、生活の利便性を増していっくれることに期待しています。そういう点では、仮想通貨よりブロックチェーン技術に大きく期待。


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